イノセントデイズ
「イノセントデイズ」早見和馬
(2014年8月新潮社)
あらすじ
田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景には何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がる世論の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼馴染の弁護士たちが再審を求めて奔走するが、彼女は……筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長編ミステリー。
こんな人におすすめ
・多角的な視点から真実を追求したい人
・人の救いとは何かを考えたい方
・あなたならどうする?と問いかけられる本を読みたい人
読み終わった今、この感覚をどう扱えばいいか分からないので書いています。
なので、これはいつにもまして感想戦みたいなものです。相対していた譜面を改めて呼び起こし、どこに駒を配置していたのか、どうすれば良かったのか検証していく。そんな作業を今から行っていきたいと思います。
なので、以下には大きなネタバレを含みますので、本編未読の方は、読むかはご一考ください。
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この物語は、田中幸乃という一人の女性が、元カレの家に放火し殺した罪に対して、死刑宣告されるところから始まります。
【プロローグ】
新田という若い女性の視点。
新田は、田中幸乃が死刑判決を言い渡された裁判を傍聴していた。とはいうものの新田は幸乃と親交があったわけではないので、このプロローグで語られるのは<社会一般から見た田中幸乃という人物とその罪状>。
これがこの小説において唯一俯瞰的な視点による描写になります。以降、語られるのは幸乃と交流のあった人々の主観的な過去話です。
【第1章】
丹下という産婦人科医の視点。
丹下医師は幸乃の母ヒカルが悩みの末、幸乃を産む決心したことを知っており出産にも立ち会う。
【第2章】
幸乃の義理の姉陽子の視点。
幸せだった小学生の頃の記憶。陽子と幸乃と幼馴染の翔、慎一は本当に仲良しだった。そして、それが崩れてしまった。幸乃は、祖母に引き取られて、以来会うことは無くなってしまう。
【第3章】
幸乃の中学生の時の親友、理子の視点。
中学の時、幸乃は孤立していた。理子は、不良グループの女子とつるみつつもいじめられており、幸乃と過ごす時間だけが心の安寧を得ることが出来た。しかし、自身の保身のために幸乃に罪を被せ、少年院に入れてしまう。
【第4章】
悟という、死んだ幸乃の元カレ敬介の親友からの視点。
敬介は自身の彼女である幸乃を紹介するため悟と会わせる。ヒモで気の強い敬介から理不尽な目に遭いつつも何故か幸乃は幸せそう。敬介が別れを切り出しても幸乃は許してくれなかった。敬介が結婚しても幸乃が付きまとうことを第三者の立場として止めようとするが、放火事件が起きてしまう。
【第5章】
幸乃の視点。
敬介に別れを切り出されてからも、しつこく彼を追い求めてしまう自分を描いている。
【第6章】
幼馴染の1人である翔の視点。
自身が弁護士になり、幸乃の死刑宣告を覆すために奮闘する。
【第7章】
幼馴染の1人である慎一の視点。
中学の頃、幸乃が人をかばって少年院に入ったことを知っており、冤罪なのではないかと考える。幸乃の放火事件の真相を突き止める。
【エピローグ】
プロローグと同じ新田の視点。
刑務官として、幸乃を死刑執行の場まで連行する。
もし既に読まれた方がいれば、上記のそぎ落とした情報に不満を覚えるかもしれませんが、ご容赦ください。
多くの人が幸乃という人物に出会い、同じ時を過ごし、彼女のことを見ています。そして全員が幸乃の死刑宣告に対してそれぞれの思いを含んでいます。
続々と判明していく幸乃という人物。抱いていた感情。実際の出来事。
新しい情報が開示される度に読者として、「なら死んで楽になっても良いじゃないか」「なら、死ぬのは解決にならないじゃないか」と困惑されることになるかと思います。
僕は、どうだったんだろう。幸乃に生きて欲しかったのか、死んでほしかったのか。
それをずっと考えてました。
幸乃は、やっと死ぬ場所を見つけることが出来たと喜んで死刑を受け入れます。
そんな絶望、僕には正直想像もできないです。
どんな思いで生きて、どれだけの諦めを諦めともせず傍観し、感情が枯渇すればその領域に至るのか。
ふと、僕は先日、ある方が仰っていた言葉を思い出しました。
曰く「真実は事実ではない。事実の積み重ねが真実である」と。
多分、幸乃が死にたいと思うのは事実なのでしょう。
ただ、それは真実なのでしょうか。
そして、ここでさらに踏み込むのであれば、死にたいのが真実かどうか、そんなことが関係あるのでしょうか。
もし、幸乃が生き延びたとして、彼女は幸せなのでしょうか。
だって、人は諦めるか頑張るしかできないんです。彼女にこれ以上頑張ってって誰が言えるんでしょう。もし言える人がいるならその人は彼女にどこまでこれからの人生を重ねることが出来るのでしょう。
幸乃はきっと生きる理由が見つからないから死にたいのだろうし、死ぬ理由が出来たから生きたくないんだと思います。
彼女にこれからの全ての自分を費やして一緒に変わっていく覚悟がないのに生きろなんて、言えない。僕はそう思ってしまいました。
だからもし「幸乃は死ぬべきだと思いますか?」なんて聞かれてしまったら僕はすごく薄情な答えを用意すると思います。
「死ぬ“べき”かどうかは法が決めること。彼女が生きたいと思っても、罪がそれを許さないのであれば死ぬべき。もし冤罪で彼女が死ぬ必要がないのに、彼女が死にたいというのなら。僕はそれを止めるほど、彼女の人生に関わりたいとは思いません。」
知り合いが、突然死んでほしくは無いなと思うんです。心から。
ただ、友人が死ぬことを止める武器を僕は持っていないんだなって思いました。
「あなたと話してて楽しいのに、もうそれが出来なくなるのが嫌だ」
「知り合いが死んだら、なんかその事実がすっごく嫌だ。死ぬほど悩んでいた人を見抜けなかった自分に自己嫌悪を抱くだろうし、事前に知ってたとしたら余計止めれなかった自分の無力を感じる」
勿論受け売りのそれっぽい言葉も用意はできるとは思いますが、自分の言葉で本心から言えるのはこれくらいしかないということに愕然としました。
もし、僕の知り合いが死にたいと言ってきたらどうするか。
もしくは死んでしまったらどう思うか。
たとえ、幸せだから死ぬということをされたとしても、素直に心からは喜べないんだろうなと思っちゃいます。
この小説の表紙、女性が両手で顔を覆ってるんですよ。
なんで。なんで、泣いてるの。それだけがずっと引っかかっています。