旅猫リポート
「旅猫リポート」有川浩
(2017/2/15講談社)
あらすじ
野良猫のナナは、瀕死の自分を助けてくれたサトルと暮らし始めた。それから五年が経ち、ある事情からサトルはナナを手離すことに。『僕の猫をもらってくれませんか?』一人と一匹は銀色のワゴンで“最後の旅”に出る。懐かしい人々や美しい風景に出会ううちに明かされる、サトルの秘密とは。永遠の絆を描くロードノベル。
こんな人におすすめ
・動物と人の心の繋がりが好きな人
・学生時代の友人を改めて大事にしたい人
・幸いを考えたい人
後輩に紹介してもらってすごく久しぶりに有川さんの本を読みました。『図書館戦争』や、『キケン』以来だから、下手したら5年ぶりとかかもしれません。なんとなく、有川さんの本は何か目標に向かって進む姿がキラキラと描かれていて素敵な印象がありました。そういう意味でこの本は、あらすじを読んだ時、どちらかというと消極的な進行をするんだなぁ、有川さんの味を生かせるのかなぁと思って、読み進めました。
久々に読んでみて思い出しましたが、有川さんってかなりライトノベルっぽい文体を使うんですよね。この旅猫リポートも一人称はずっとサトルの飼いネコ、ナナからのものになっています。ナナは物分かりも良いし理知的なので、人を小馬鹿にしているのですが、その文体が少し気に障りました。笑 ライトノベル特有のやれやれ口調で喋っている感じですね。ネコってのは空気を読む生き物ですが、言葉を理解する生き物ではないと思っています。そういう個人の価値観の違い的なところで、これは違うだろっていう苦手意識もあったのかもしれません。
一方で飼い主のサトル(宮脇悟)の描き方は素敵だなと僕は思います。そこまでネコに話す?ってくらいのことを話している気もしますが。サトルはナナの言っていることが分かりません。だから雰囲気でナナのことを理解していて、その塩梅みたいなものが現実味があって良いなぁと思います。彼自身のナナに対する想いや、友人への接し方には、サトルの温かい人柄が滲み出ています。有川本に必ず出てくる、尊敬できる登場人物として今回サトルがいたので、読んでいて気持ちよかったです。
僕はこの本を読んで良かったなと思います。
それを語るために今から内容の方に触れますので、未読の方はご注意ください。
サトルが最愛の猫、ナナを預けるために学生時代の親友たちの家を回る、というのがこの物語の柱となっています。その回る場所としては章のタイトルで言うなら、コースケ、ヨシミネ、スギとチカコ、ノリコの4か所です。最後のノリコだけはサトルの叔母の話かつサトル自身の話になるので少し様式が変わりますが、それ以外の3人に関しては学生時代の回想があり、そこでサトルとどんな日々を過ごしたのかが描かれます。
どの話も印象深いのですが、個人的にはスギとチカコの話がお気に入りです。
スギとチカコは幼馴染です。そんな彼らとサトルは高校1年生で初めて同じクラスになります。スギはずっと(咲田)チカコが好きでした。そんなスギはチカコとサトルが出会い、惹かれあっていく様子を間近で見て葛藤します。スギは自分自身にない振る舞いをできるサトルが人として好きではあるものの、劣等感を抱いていたし、このままだと確実にチカコとサトルの二人がくっつくことを予期していました。そこで、スギはサトルに対し「自分はチカコのことが好きだ」と告げます。友達思いのサトルは、スギにこう言われたら身を引くのが分かっていたからです。サトルは高校3年生の春に転校して、スギは安堵と後ろめたさに塗れながら一時を凌ぎます。しかし、その後3人は偶然同じ大学に入学して再会します。あるときサトルがスギに言います。
「俺、高校の頃、ホントは咲田のことちょっと好きだったんだよな」
(中略)
「頼む」
こらえようもなくひび割れた声が漏れた。
「千佳子にそれ、言わないで」
(中略)
宮脇は軽く目を瞠っていた。杉が最初に相談の態で口を塞いだときみたいに。
そして「大丈夫だよ」と苦笑した。
「お前たちはたぶん、お前が思ってるより大丈夫だよ」
p199、p200
大学を卒業して、何年かするとスギとチカコはめでたく結婚します。しかしスギは、サトルとチカコがくっつくかもしれなかった未来を考えては自身の罪悪感に苛まれます。
そんな状態で今回サトルは二人にナナを預けに来ました。チカコは勿論サトルのことを歓迎しますが、スギは今もなお自身の矮小さを感じて、サトルと向かい合うことが出来ません。結局ナナを預ける話は破断してしまうのですが、去り際、運転席から二人に向かってサトルは言います。
「俺、高校の頃、千佳子さんのことちょっと好きだったんだ。知ってた?」
(中略)
「いつの話をしてんのよ。いまさらそんなこと言われたって」
「だよな」
二人で声を上げて笑う。スギは気が抜けたようにほぅっとして、それから周回遅れで笑った。
P206
この後、スギはチカコに勇気を出して高校の時もしサトルに告白されてたらどうしたかを聞いてみます。
「でもまあ、二人の男の間で揺れる乙女心なんてものを経験しておいてもよかったかもね」
「揺れるのか」
意外に思って訊き返すと、千佳子は「そりゃ揺れるでしょ」と笑った。
「気になる男が二人いりゃ欲が出るわよ」
泣きたくなって、ぐっとこらえた。
(中略)
次に会った時は、もっと宮脇に気持ちのいい友達でいられる。
そのことが無性に嬉しかった。
p210
この話の温かいところは何か所もあるなと思っていて。まずはチカコがスギをしっかりと高校のときから好きでいたこと。サトルはそのことを知っていて、おそらく自分では割り込めないだろうと思っていたこと。スギだけが勝手に負い目を感じていたが、きっとそのことをサトルは分かっていて最後にその針を抜いてあげたこと。スギの長年の葛藤が昇華されていくのが見れて本当に良かったなと思えます。
ただ、一方でこの話には辛いところもあります。それはサトルがナナを預けに来た理由に直結しますが、もうこれを最後にスギとサトルは会うことがないのです。スギが次会ったときにサトルに対してやっと同じ目線で立てるようになったのに、そのことがかなわないということだけはとても悲しいです。でも、だからこそサトルは最後にスギの負い目を無くしてあげたような気もしています。
スギとチカコの物語はifに溢れていて儚く美しいなと、僕は思います。
ナナの覚悟とサトルの奮闘と二人の紡ぐ世界が僕はすごく好きです。だからこそ、別れに悲しい気持ちはあれ、幸せな最期で良かったと声を大にして言いたいです。
最期の瞬間、サトルが描いた風景は何だったのでしょう。きっと僕はナナと旅の終わりに見た虹なんじゃないかと思います。織り重ねられた彩りはそのまま二人が過ごした日々のようです。サトルはきっとその虹を渡って遠くにいってしまいましたが、こんなに胸の詰まった旅立ちを見送ることできたことが何より尊く感じます。
言葉が伝わらないからこそ、より純粋な想いをサトルはナナからもらい過ごしました。
誰かを想うあたたかさを大切にしたい、そう思えるリポートです。