バラカ
「バラカ<上><下>」桐野夏生
(2019年2月25日集英社文庫)
あらすじ
東日本大震災によって,福島原発4基すべてが爆発し、日本は混沌としていた。たった一人で放射能被害の警戒区域で発見されたバラカは、豊田老人に保護された。幼くして被爆した彼女は、反原発・推進両派の異常な熱を帯びた争いに巻き込まれーーー。すべての災厄を招くような川島に追われながらも、震災後の日本を生き抜いてゆく。狂気が狂気を呼ぶ究極のディストピア小説、ついに文庫化!
こんな人におすすめ
・日本のifストーリーが好きな人
・各章異なる主人公が入り混じっていくのが好きな人
・被災地への関心を高めたい人
この本は東日本大震災を題材に描かれた話ですが、現実と違う点として、福島第一原発原子力発電所の事故により4基のプラント全てがメルトダウンしたというところのみが異なります。
それによりこの小説内において関東圏まで放射性物質が拡散、首都は大阪に移行しオリンピックも2020年に大阪で開催されるという話になっています。
バラカというのはこの物語に出てくる中心となる少女の名前です。
上巻ではバラカを取り巻く3人の視点からストーリーが描かれます。
1人目はパウロ。彼は日系ブラジル人の日本に出稼ぎにした男性です。紆余曲折の末、娘(バラカ)が海外で行方不明となり、その所在を捜します。
2人目は沙羅。彼女は日本人の独身女性編集者であり、ドバイに行き人身売買所で実際に娘を買います。その少女こそがバラカです。
3人目は川島。沙羅がバラカをもらい受けた後に結婚した不気味な葬儀屋です。
そして下巻は上巻からおよそ8年の月日が過ぎ去ったバラカからの視点で描かれます。
東日本大震災が起きるのは上巻の半ばです。それまでは「娘」や「家族」というものを一つ主軸として話が進んでいきます。そして震災以降は、そのパニックや事態の収拾のために右往左往する人々の姿というのが描かれていきます。
一方下巻はというと、震災から月日が経っても、被爆者として過ごすバラカと、放射線被爆の存在を隠蔽しようとする国家組織のようなものも絡んでいき話の雲行きが大きく変わります。
なので、全体を通して一貫した一つのテーマがあるというよりかは、様々な状況下で私利私欲のために動き続ける人々が群像的に描かれているという印象です。
にしても、出てくる大人が誰もかれもがホントに自分勝手すぎて腹の下のほうが沸々としてくる感じです。世の中にはこんなにどうしようもない人が多いのかなと少しだけ悲しくすらなりました。
作者のメッセージが至る所に散りばめられている構成だなぁと読んでいて思いました。どれを拾い上げて思うかは読者次第というのはあると思います。
僕としては子どもが安心して生きていける世の中、というのを創っていける人になりたいと思わされました。
この答えが決して模範解答だとは思わないんですが、本の良いところは読んだ自分がどんなメッセージを受け取っても良いという自由があるということだと信じているので。
個人的には最後のまとめ方が少し物足りなかったのですが、この話はどこに落とし込んでも難しいよなぁとも思いつつ。。。
反動で、途端に今はハッピーエンド小説が読みたくなりました。笑
最近読んだオススメ&まとめ①
普段、読んだ本の感想をつらつらと書いているのですが、それぞれ独立しているので一旦まとめてみようかと思います。
特におすすめの5つを紹介します。
読んだ本は2019年2月~2020年4月。
ただ、これが良い!読んでほしい!と思ったものを伝えたい。
それだけの気持ちで、書いています。
あたたかく見守ってくださったら幸いです。
①「いなくなれ、群青」河野裕
舞台は”捨てられた人々の島”。
謎に満ちているが、住民はそれなりの幸せを送り安定した停滞を過ごしている。
ここに、一人の少女、真辺由宇が現れる。
「この物語は、どうしようもなく、彼女に出会った時から始まる」
②「君の話」三秋縋
偽の記憶を買い、植え付ける薬。
理知的で、どうしようもない世界を諦観と共に受け入れ、幸せを掴むことに臆病な二人が織り成す物語。
「一度も会ったことのない幼馴染がいる。」
③「また、同じ夢を見ていた」住野よる
少女は出会う。自分と似ていて少し違う3人の女性に。
生きてきた経験も歳も異なる4人がそれぞれの幸せを探す物語。
「しあわせは 歩いてこない だから歩いて ゆくんだね」
④「旅屋おかえり」原田マハ
旅をしよう。自分のために。それを願う人のために。
いってきますから、おかえりなさいまで、そのすべてが旅なんだ。
「あなたの旅、代行します!」
⑤「どこよりも遠い場所にいる君へ」阿部暁子
島で暮らす高校生の王道ボーイミーツガール。
笑顔と温かさとちょびっとの切なさに包まれたひと夏のお話。
☆おまけ☆「愛がなんだ」角田光代
映画を観てしっかりと落ち込んだので原作も読みました!
登場人物の考察や本と映画の違いなど、今までのブログで一番熱量・文量ともに多く書いたのでもし良かったら、お読みください!
読了作品(2019年2月~2020年4月)
<ブログ内感想あり(クリックで感想ブログへ移動)>
・「東京レイブンズ16 [RE]incarnation」 あざの耕平
・「最後の秘境 東京藝大 -天才たちのカオスな日常-」二宮敦人
<ブログ内感想なし>
・「Nのために」湊かなえ
・「弥栄の烏」阿部智里
・「ソラの星」岩関昴道
・「スターティング・オーバー」三秋縋
・「レアリアⅠ」雪乃紗依
・「金星で待っている」高村透
・「紺の烏」阿部 智里
・「恋のゴンドラ」東野圭吾
・「小指物語」二宮敦人
・「さよならの言い方なんて知らない。2, 3」河野裕
・「哲学的な何か、あと数学とか」飲茶
・「凶器は壊れた黒の叫び」河野裕
・「汚れた恋を赤と呼ぶんだ」河野裕
・「君の世界に、青が鳴る」河野裕
・「スターティング・オーヴァー」三秋縋
・「わりなき恋」岸惠子
・「貴嶋先生の静かな世界」森博嗣
・「この嘘がばれないうちに」川口俊和
・「うろんな客」エドワード・ゴーリー 柴田元幸 訳
・「バラカ」桐野夏生
・「私のこと、好きだった?」林真理子
かがみの孤城
「かがみの孤城」辻村深月
(2017年5月 ポプラ社)
あらすじ
あなたを、助けたい。
学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた――
なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。
生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。一気読み必至の著者最高傑作。
こんな人におすすめ
・不登校やどうしようもない孤独を経験したことがある人
・一歩踏み出す勇気が欲しい人
・心あたたまるミステリーを読みたい人
読もう読もうと思っていた本作品。とうとう文庫版が出るのを待ちきれず買ってしまいました。読みたくなったきっかけは沢山あるのですが、その一つに下をご覧ください。
【歴代本屋大賞一位】
2020年(432点):『流浪の月』凪良ゆう
2019年(435点):『そして、バトンは渡された』瀬尾まいこ
2016年(372点):『羊と鋼の森』宮下奈都
2015年(383点):『鹿の王』上橋菜穂子
読書通の方々には有名な話になってしまうかもしれませんが、そう、この作品。本屋大賞一位を取っているのですが、歴代の中でも最高得点なんです。
僕は、蜜蜂と遠雷や羊と鋼の森が大好きなんですが、それを圧倒的に上回る点数・・・!
こんなの読んでみたくもなってしまいます!笑
最初に結論を述べますと、いや、さすがは本屋大賞一位。
期待を裏切らない、全体の構成力や登場人物の内面を繊細に描く文章力。
読後、ああ良い物語に触れた…という感触を得ました。
評判が良いというだけで、あらすじも知らず買ってしまったので、読み始めて驚きました。
わ、案外キャッチ―?なお話なんだと。
タイトルの雰囲気からもうすこし堅い物語をイメージしていたのですが、決してそんなことない。ネタバレにならないようざっくりと概要を言いますね。
――
物語の主人公、中学一年生のこころは新学期早々ある出来事が原因で不登校になってしまった。
なんとかしないとという焦燥感を抱えるが、自分自身どうすれば良いのか分からない。親からの視線にも苦しさを感じ、塞ぎ込む生活を送っていた。
ある日、自分の部屋の鏡が光だす。鏡は城に通じており、自分を含め7人の歳の違う中学生が集められていた。オオカミの仮面を被った謎の少女からこの城のルールが告げられる。
①9~17時の間だけ各々の家の鏡からこの城に自由に行き来出来る
②17時を過ぎた段階で誰か一人でもその城に居た場合、その日に来た全員が連帯責任でオオカミに食べられてしまう
③この城の中にある鍵を探し出して“願いの部屋”に入ることが出来た1名だけが何でも願いをかなえることが出来る
④誰かが願いの部屋に入る、または来年の3月30日をもってこの城には永久に来ることが出来なくなる
集められた7人は徐々に城に居つくようになり親睦を深める。
度々起こる問題。段々と明らかになっていく謎。ルール。否応なく進む現実世界の出来事。
7人が、それぞれ思惑をもってゆっくりと一歩ずつ行動していく。
――
といったところですね。各章が「五月」「六月」…と月ごとに時系列を追っていくので煩わしさなく読める作品となっていると思います。
僕がこの本ですごいと思ったのは、辻村さんの描く心理描写です。
主人公のこころを始め多くの人物の心情の機微が非常に巧みな文章で表現されています。
ただ、悲しかった、辛かったとかではなくて、感情を丁寧にゆっくりと紐解いていかないと生むことの出来ない言葉がそこにはあるように感じました。
似たような経験をしたことがある人は、あの時自分が抱えていた気持ちを言葉に表すとこうなるのかと唸ってしまうでしょう。
それだけ、登場人物一人一人の心に向き合っているからこそ、この作品には瑞々しさというものがあるのだと思います。
中学生ならではの幼さ、もどかしさ、諦観、どうしようもなさ、振り絞った勇気を描いているといったら、少しだけ不適切かもしれません。だって、この登場人物それぞれの悩みは違うのだから、一つに括ってしまうのは大変失礼な話です。
でも、今の僕の持ちうる言葉では、彼女たちらしさを描いた物語だと、そうとしか説明できない。それがなんとももどかしいです。
この子たちは、「生きている」。一人一人がしっかりと「生きている」。それはキャラが立っているから、とかそういう技巧的なところとは別の次元でそう思いました。
正直、ストーリーの展開としては、予想だにもしなかった…というと嘘になってしまいます。
きっと、いくつかの作品に触れたことがある人は、読み進める中で、あぁきっとこういうことなんだろうなということに気付いてしまうと思います。
ただ、だからと言ってすべてが予想通りだったとはならないでしょう。
あぁこれは気付けなかったとか、こういうことだったのかと読み終えて初めて分かるところが沢山あると思います。それがまた心を温かく揺さぶるのです。
この物語の主人公はこころだと書きましたが、読み終わった今、誰もが主人公だったようにも感じます。
これを読んで皆さんは何を感じるのでしょう。
僕は改めて、人って不器用だな、と思いました。
ただ、その不器用さもまとめて愛していきたくなる。そんな気持ちをこの本から教わった気がします。
こじょう【孤城】
①ただ一つだけぽつんと立っている城。
②敵軍に囲まれ、援軍の来るあてもない城。
『大辞林』
鏡は、自らを映し出し、向き合うもの。
読み終えてみて、この物語のタイトルはこれしか無かった。そのように思います。
クライマーズ・ハイ
「クライマーズ・ハイ」横山秀夫
(2003年8月 単行本 文藝春秋)
< https://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E6%A8%AA%E5%B1%B1-%E7%A7%80%E5%A4%AB-ebook/dp/B009DEDBH8 >
あらすじ
1985年、御巣鷹山に未曽有の航空機事故発生。衝立岩登攀を予定していた地本氏の遊軍記者、悠木和雅が全権デスクに任命される。一方、共に登る予定だった同僚は病院に搬送されていた。組織の相剋、親子の葛藤、同僚の謎めいた言葉、報道とは――。あらゆる場面で己を試され篩に掛けられる、著者渾身の傑作長編。
こんな人におすすめ
・記者の裏側やノンフィクションをリアルに知りたい人
・自分の仕事は好きだが、様々な葛藤を抱えている人
・多くのテーマを持つ作品が好きな人
非常にリアリティのあり面白い本でした。もしメディアに関わる仕事を少しでも考えているのであれば心から読んでいただきたい一冊です。
この作品は、群馬県御巣鷹山での航空機墜落事故において、地元新聞社に勤める40歳の悠木がデスク(新聞に載せる用の記事の修正と取りまとめを行う)として向き合った7日間と、その17年後の衝立岩登攀の二つを主軸にストーリーが展開していきます。
御巣鷹山での航空機墜落事故は実際にあった出来事です。
524名の乗客のうち520名が命を落とすという世界的に見ても史上最大の死者を出した航空機墜落事故だと言われています。
実は作者の横山秀夫さん自身、事故当時上毛新聞社の記者として働いていたそうです。
実際に航空機の墜落事故後も2か月近く現場に足を運んでいたという過去があります。
当時の横山さんは20代ですから、本作主人公の悠木とは一回り以上歳は違うものの、実際に見てきた事実をベースにしているためか微に入り細を穿つ描写ばかりです。
当時からこれを題材に作品を創りたいと思っていたものの、様々な理由から書くことができなかったそうです。この本が初めて単行本として出版されたのが2003年ですから、事故以降20年近くの月日が経ってようやく形にできた、ということだと思います。
この本には非常に数多くのテーマが存在します。
地方紙と全国紙の違いの葛藤、仕事の誇り、間接的に部下を殺した後悔、上司との軋轢、過去の栄光に縋り改善が行われない現状、会社の犬、友人の死、息子とのもどかしい距離感、命の重さ、報道の意義・・・
このどれもに、ままならなさと共感のようなものが散らばっており、読者はいつの間にかこの本の世界観にどっぷり浸かっていってしまうのです。
報道がどのようにあるべきか。
これは昨年の京都アニメーション放火殺人事件でも議題に上がりました。本作は実名報道という観点の小説ではないのですが、記者が何を考え何で対立しあい何で葛藤するのか、そのヒントが非常に多く詰まっています。
心とか、気持ちとかが、人のすべてを司っているのだと、こんな時に思う。 p 425
本作の数多いテーマの殆どがこのセリフに集約しているのではないかと思いました。
読み進めていく中で、思いを馳せていると、このセリフの意味がストンと胸に落ちた感じがするのです。
もしかしたら何一つ解決できてはいないのかもしれない。
でも読み終わった時に何かが救われた気持ちになる。そんな小説です。
イノセントデイズ
「イノセントデイズ」早見和馬
(2014年8月新潮社)
あらすじ
田中幸乃、30歳。元恋人の家に放火して妻と1歳の双子を殺めた罪で、彼女は死刑を宣告された。凶行の背景には何があったのか。産科医、義姉、中学時代の親友、元恋人の友人、刑務官ら彼女の人生に関わった人々の追想から浮かび上がる世論の虚妄、そしてあまりにも哀しい真実。幼馴染の弁護士たちが再審を求めて奔走するが、彼女は……筆舌に尽くせぬ孤独を描き抜いた慟哭の長編ミステリー。
こんな人におすすめ
・多角的な視点から真実を追求したい人
・人の救いとは何かを考えたい方
・あなたならどうする?と問いかけられる本を読みたい人
読み終わった今、この感覚をどう扱えばいいか分からないので書いています。
なので、これはいつにもまして感想戦みたいなものです。相対していた譜面を改めて呼び起こし、どこに駒を配置していたのか、どうすれば良かったのか検証していく。そんな作業を今から行っていきたいと思います。
なので、以下には大きなネタバレを含みますので、本編未読の方は、読むかはご一考ください。
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この物語は、田中幸乃という一人の女性が、元カレの家に放火し殺した罪に対して、死刑宣告されるところから始まります。
【プロローグ】
新田という若い女性の視点。
新田は、田中幸乃が死刑判決を言い渡された裁判を傍聴していた。とはいうものの新田は幸乃と親交があったわけではないので、このプロローグで語られるのは<社会一般から見た田中幸乃という人物とその罪状>。
これがこの小説において唯一俯瞰的な視点による描写になります。以降、語られるのは幸乃と交流のあった人々の主観的な過去話です。
【第1章】
丹下という産婦人科医の視点。
丹下医師は幸乃の母ヒカルが悩みの末、幸乃を産む決心したことを知っており出産にも立ち会う。
【第2章】
幸乃の義理の姉陽子の視点。
幸せだった小学生の頃の記憶。陽子と幸乃と幼馴染の翔、慎一は本当に仲良しだった。そして、それが崩れてしまった。幸乃は、祖母に引き取られて、以来会うことは無くなってしまう。
【第3章】
幸乃の中学生の時の親友、理子の視点。
中学の時、幸乃は孤立していた。理子は、不良グループの女子とつるみつつもいじめられており、幸乃と過ごす時間だけが心の安寧を得ることが出来た。しかし、自身の保身のために幸乃に罪を被せ、少年院に入れてしまう。
【第4章】
悟という、死んだ幸乃の元カレ敬介の親友からの視点。
敬介は自身の彼女である幸乃を紹介するため悟と会わせる。ヒモで気の強い敬介から理不尽な目に遭いつつも何故か幸乃は幸せそう。敬介が別れを切り出しても幸乃は許してくれなかった。敬介が結婚しても幸乃が付きまとうことを第三者の立場として止めようとするが、放火事件が起きてしまう。
【第5章】
幸乃の視点。
敬介に別れを切り出されてからも、しつこく彼を追い求めてしまう自分を描いている。
【第6章】
幼馴染の1人である翔の視点。
自身が弁護士になり、幸乃の死刑宣告を覆すために奮闘する。
【第7章】
幼馴染の1人である慎一の視点。
中学の頃、幸乃が人をかばって少年院に入ったことを知っており、冤罪なのではないかと考える。幸乃の放火事件の真相を突き止める。
【エピローグ】
プロローグと同じ新田の視点。
刑務官として、幸乃を死刑執行の場まで連行する。
もし既に読まれた方がいれば、上記のそぎ落とした情報に不満を覚えるかもしれませんが、ご容赦ください。
多くの人が幸乃という人物に出会い、同じ時を過ごし、彼女のことを見ています。そして全員が幸乃の死刑宣告に対してそれぞれの思いを含んでいます。
続々と判明していく幸乃という人物。抱いていた感情。実際の出来事。
新しい情報が開示される度に読者として、「なら死んで楽になっても良いじゃないか」「なら、死ぬのは解決にならないじゃないか」と困惑されることになるかと思います。
僕は、どうだったんだろう。幸乃に生きて欲しかったのか、死んでほしかったのか。
それをずっと考えてました。
幸乃は、やっと死ぬ場所を見つけることが出来たと喜んで死刑を受け入れます。
そんな絶望、僕には正直想像もできないです。
どんな思いで生きて、どれだけの諦めを諦めともせず傍観し、感情が枯渇すればその領域に至るのか。
ふと、僕は先日、ある方が仰っていた言葉を思い出しました。
曰く「真実は事実ではない。事実の積み重ねが真実である」と。
多分、幸乃が死にたいと思うのは事実なのでしょう。
ただ、それは真実なのでしょうか。
そして、ここでさらに踏み込むのであれば、死にたいのが真実かどうか、そんなことが関係あるのでしょうか。
もし、幸乃が生き延びたとして、彼女は幸せなのでしょうか。
だって、人は諦めるか頑張るしかできないんです。彼女にこれ以上頑張ってって誰が言えるんでしょう。もし言える人がいるならその人は彼女にどこまでこれからの人生を重ねることが出来るのでしょう。
幸乃はきっと生きる理由が見つからないから死にたいのだろうし、死ぬ理由が出来たから生きたくないんだと思います。
彼女にこれからの全ての自分を費やして一緒に変わっていく覚悟がないのに生きろなんて、言えない。僕はそう思ってしまいました。
だからもし「幸乃は死ぬべきだと思いますか?」なんて聞かれてしまったら僕はすごく薄情な答えを用意すると思います。
「死ぬ“べき”かどうかは法が決めること。彼女が生きたいと思っても、罪がそれを許さないのであれば死ぬべき。もし冤罪で彼女が死ぬ必要がないのに、彼女が死にたいというのなら。僕はそれを止めるほど、彼女の人生に関わりたいとは思いません。」
知り合いが、突然死んでほしくは無いなと思うんです。心から。
ただ、友人が死ぬことを止める武器を僕は持っていないんだなって思いました。
「あなたと話してて楽しいのに、もうそれが出来なくなるのが嫌だ」
「知り合いが死んだら、なんかその事実がすっごく嫌だ。死ぬほど悩んでいた人を見抜けなかった自分に自己嫌悪を抱くだろうし、事前に知ってたとしたら余計止めれなかった自分の無力を感じる」
勿論受け売りのそれっぽい言葉も用意はできるとは思いますが、自分の言葉で本心から言えるのはこれくらいしかないということに愕然としました。
もし、僕の知り合いが死にたいと言ってきたらどうするか。
もしくは死んでしまったらどう思うか。
たとえ、幸せだから死ぬということをされたとしても、素直に心からは喜べないんだろうなと思っちゃいます。
この小説の表紙、女性が両手で顔を覆ってるんですよ。
なんで。なんで、泣いてるの。それだけがずっと引っかかっています。
最後の秘境 東京藝大 -天才たちのカオスな日常-
「最後の秘境 東京藝大 -天才たちのカオスな日常-」二宮敦人
(2016年9月新潮社)
あらすじ
やはり彼らは、只者ではなかった。入試倍率は東大のなんと約3倍。しかし卒業後は行方不明者多発との噂も流れる東京芸術大学。楽器のせいで体が歪んで一人前という器楽科のある音楽学部、四十時間ぶっ続けで絵を描いて幸せという日本画家のある美術学部。各学部学科生たちへのインタビューから見えてくるのはカオスか、桃源郷か?天才たちの日常に迫る、前人未到、捧腹絶倒の藝大探訪記。
こんな人におすすめ
・芸術家の考えを知りたい
・ドキュメンタリー形式の小説を読みたい
・心をワクワクさせたい
非常に話題になった作品ですね!
僕も、音楽を10年近く続けています。お世話になった講師の方や、友人で藝大に行かれている方を何名も知っていましたので、どのように話を展開させているのか興味があって読み始めました。
まず概観として感じたのは、これは小説というより映像ドキュメンタリーの構成に近いなと思いました。
一人一人の学生に迫りクローズアップしては、程よいところで他の人物へ視点を向ける。
文字を追っているはずなのに、常に頭の中では「情熱大陸」のような画が思い浮かんできました。笑
また、登場する学生のなんと個性の強いことか。
さすがは天下の藝大に籍を置く方々なだけあってまず経歴がすごい。そしてチャレンジングなことを日々取り組んでいる。
ただ、ここでいうチャレンジングというのが『他の人にアッと言わせたい』というより自分の興味のままに探求をしていきたいという内に矢印が向いているものが多いように感じます。芸術家と科学者はもしかしたら非常に近いことをしているのかもしれない、そんなことも考えました。
印象的だったのは割と夢がハッキリしていない学生も多くいたこと。取り敢えず今はこれが楽しくてもっと極めたい、その先に将来は広がっているだろうとボトムアップで未来を見据えてる学生が思いのほかいることに驚きました。
こういういところも博士課程に進学する研究者の考えと結構似ていたりするのが興味深いですね。やはりすごい人、という言葉が適切かは分かりませんが、何か輝くものを持っている人だとしても、同じ人間なのだなと思いました。個人の主観ですが。笑
あと、これは著者の二宮さんの描き方の功績も大きいと思うのですが、読み進めていると、なにかこう読者側もすごくワクワクしてくるんですよね。自分もこういった芸術家になってみたい!もしくはこういった人をもっと応援したい!のような、彼らの世界を受け入れて自身と繋がっていくような感覚に浸りました。
現在、コロナウイルスの影響で多くの芸術家の方が非常に厳しい境遇に陥っています。
芸術は医療とは違って直接的に人の命を救うことは出来ません。ただ、芸術があるからこそ、人は生きようという意思を持てているのだと僕は心の底から思います。
芸術というと高尚なイメージを持つこともあるかもしれません。しかし、それは美術や音楽だけでなく、例えば映像だったり文字だったり料理だったり部屋の整理整頓だったり、世の中に広く遍在しています。アウトプットの仕方は様々なのです。
自分も誰かの心を救う芸術にずっと携わりたい。そう強く思いました。
未来永劫、世界が芸術に包まれていますように。
夜行
「夜行」森見登美彦
(2019年10月9日小学館)
あらすじ
十年前、同じ英会話スクールに通う僕たち六人の仲間は、連れだって鞍馬の火祭を見物にでかけ、その夜、長谷川さんは姿を消した。十年ぶりに皆で火祭に出かけることになったのは、誰ひとり彼女を忘れられなかったからだ、夜は、雨とともに更けてゆき、それぞれが旅先で出会った不思議な出来事を語り始める。尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡。僕たちは、全員が道中で岸田道生という鋼版画家の描いた「夜光」という連作絵画を目にしていた。その絵は、永遠に続く夜を思わせたーー。果たして、長谷川さんにさいかいできるだろうか。怪談×青春×ファンタジー、かつてない物語。
こんな人におすすめ
・多角的情報から判断するミステリーが好きな人
・回想から今に繋がる話が好きな人
・自分の今いる世界に自信が持てない人
尊敬する方が大の森見さん好きということで、読んでみたいなと思い購入しました。
森見さんの以前の作品ですと話題になっていたので「ペンギンハイウェイ」は読んだことがありました。そのときは正直文体が自分に合わず、うーん・・・となってしまいました。
ただ、「夜は短し歩けよ乙女」の映画を見てこの世界観は素晴らしいなと思っていたので、今回読んでみるのが楽しみでした。
本を読んでみた感想としては、なるほど・・・!?!?という印象でした。
なんというか、ミステリーに着目する点が自分と異なっていて面白いなと思いました。
この本を読んだことで、僕は今までミステリーに対して『なぜこういうことをしたか(こういうことがおきたか)』の答えを求めていたのだなと思いました。
一方で「夜行」において森見さんが描いているのは『不可思議な現象を体験したときどう感じるか、その上でどう生きて行くか』ということだったように僕は思います。
これって、きっと、現実で生きる人の考えに寄り添っている気がします。原因を追求する(過去)のではなく、体験を踏まえてではどうするか(未来)ということです。結局人は生きていかないといけないのだから、というような諦観のようなものすら感じます。
なので、そういった逆説的にではありますが自分の価値観に気付けたという点でもこの小説は面白かったです。
あと、ストーリーの大筋がスッキリしていたように感じます。
①10年振りに4人の友人で集まる(10年前、長谷川さんが失踪したとき以来)
②この10年でもしかしたら長谷川さんの失踪に関係しているかもしれない怪奇現象に4人とも遭遇していた
③4人がそれぞれの出来事を回想して話す
という流れです。
そして各章タイトルはその出来事が起きた場所に関連した地名が当てられます。
第一夜:尾道
第二夜:奥飛騨
第三夜:津軽
第四夜:天竜峡
そして実は、この四つの場所は岸田道生という鋼版画家の描いた「夜行」という48個の地名からなる一連の作品の各タイトルにもなっていて、岸田と失踪した長谷川さんの関係は?等多くの疑問が渦巻く話となっています。
上記の話の後に最終夜:鞍馬があってこの物語は終わりを迎えるのですが、なんだかすごいエレガントな構成だと思いませんか?
なんとなくのような突発的に書いていった小説ではなく、丁寧に計算されて落ち着いて書かれたような印象があります
作者本人も「あたかも夜行列車のような読み心地の小説を書いてみようと考えた」といっているように、暗闇を進む寂しさから抜け出して朝の光に安心するところがこの本の魅力です。
漠然とした不安を抱きつつ夢心地のまま進んでいく物語ですので、そういった感覚に浸りたい方(たまにそういうときありません?笑)にはピッタシかもしれません!